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宮づくし - 囃子方
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放生津八幡宮祭の曳山

放生津八幡宮の秋祭りでは、各町の発展や家々の繁栄を願って古くから御神輿が氏子・崇敬町を巡行するならわしとなっています。最近の学術調査で、室町時代の明応8年(1499)には、当宮の金箔貼りの御神輿が町を巡行していたことが明らかになりました。この御神輿に江戸時代の慶安3年(1650)に、初めて古新町の曳山が供奉しました。

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それ以来、御神輿に供奉する曳山が発展してきました。江戸時代の文献では、露払いの獅子を先頭に、道案内の猿田彦、母衣武者、神楽太鼓、社名旗、お神楽渡し、御神輿と続き、宮司以下神職、随行員を含め100名以上の隊列になったと記録にあります。その御神輿の後に、一番山の古新町の曳山を先頭に各町の曳山が供奉しました。

 現存する御神輿は、寛延3年(1750)に造られたものが、新湊博物館に展示されています。現在巡行している大神輿は、昭和12年、東京工業大学の畑正吉博士の設計により造られたものです。

 当時の氏子・崇敬者全てのご寄付と新湊町からの補助によって造られました。                

 

              

  平成26年に、約100年ぶりに御旗台が修復され神輿渡御に加わりました。この御旗台は、明治20年代に新湊町初代町長の菅谷二平氏が世話人となって寄付されたものです。

 

 新湊町全体の繁栄を祈って御神輿が巡幸し、新湊の町を挙げてこの御神輿をお迎えした歴史を物語っています。神輿渡幸によって、氏子・崇敬町の全ての町内が八幡大神様の御守護により幸福に豊かに導かれますように御祈念申し上げています。

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